抗加齢(アンチエイジング)と漢方

 抗加齢(アンチエイジング)医学とは、人が生きてゆくために避けては通れない[老化]という現象を健康的に緩やかに自然に迎えるための科学である。今までの医療が対象としていた[病気の治療]から[健康な人のさらなる健康]を計るための予防医学である。これは漢方でいうところの「未病を治す」と同次元の考え方である。アンチエイジングと言えば今はやりの最先端の医療のようにもきこえるが、漢方では千年以上前からこの発想のもとに、元気な長寿を迎えるための理論的かつ実践的な医術と薬物を求め続けてきた。したがって漢方の中にこそ、アンチエイジングに対する様々なヒントや知恵が満載されているはずである。

人が老化と出合うのは誰にとっても未知との遭遇であり、初めはどこか身体的に異常が起きたのだと思いこんで医療施設を訪れる。ところが検査をしても異常が見つからず、病院をたらいまわしにされ、あげくの果てに「老化」のせいだと言われる。自分でもここにきて初めて、これが老化だと気づく。「老化」これ自体に厳密な定義があるわけではなく、また人によって様々な形で現れるため、治療目的がはっきりせず、何を治療しているのか、治療成果はどうだったのかがあいまいになっていることが多い。

現在一般的に言われているアンチエイジングの考えのもとに西洋医学的に行われている医療として、@フリーラジカルの消去:体内の活性酸素を消去する薬物の投与 Aデトックス:体内の有害物質(発癌性物質や有害金属など)の廃除 Bホルモン療法:加齢に伴って減少するホルモンを外から補う、以上の3本柱であるが、常に正しい医療が適切に施されているかどうかは疑問である。なぜなら、「抗老化」は万人の願望であるため、日々目新しい療法が登場してマスコミを騒がせ、いかがわしい商法がまかり通る世界でもあるからだ。この現代の風潮の中にあって、我々一人一人が老化とは何か、何を目的に治療に当たるか、その成果は?ということをしっかり見据えた上でアンチエイジングに対して行動しなければならない。 

今ここで、アンチエイジングというテーマについて述べるには余りに範囲が広すぎるので、焦点を絞って、私の専門分野である基礎薬理学の立場から実際の実験データをふまえた上で話を進めさせていただきたい。

今回2つの実験例を紹介する。この中で、まず老化とは何か、どう捉えるか、ということについて解説し、とらえた目標に対する治療方法と治療成績及び結果について報告させていただく。

1) 赤血球変形能

ヒトをはじめとする哺乳動物は、体の中を縦横に走る血管の中を血液がよどみなく流れることによって生命を維持している。血液成分の中でもっとも多い赤血球の状態によって血流がコントロールされている。血管の中を流れる赤血球はアメーバーのように変形することが知られており、直径8ミクロンの赤血球が内径2〜3ミクロンの毛細血管中をスムーズに流れるためには変形しなくては通過できない。即ち、血管の中を流れる血液がスムーズに流れるか否かは、赤血球の柔軟性にかかっている。ここで、実験的に赤血球の変形能を数値化して見るために次のような実験方法を考案した。

図-1に示すように、細いガラス管の中に生理食塩水を充填し、上部に新鮮血を重層し下方に固定液をつめておく。このガラス管を高速で回転させ遠心力を加えることによって上層の血液を瞬時に下層の固定層に落とし、赤血球が移動層を通過するときに変形した形のままで固定する。ガラス管を割って赤血球をとりだし、変形した赤血球の電子顕微鏡写真を撮る。

図-1の写真の中にある変形した赤血球の長径を測る。(1個体につき25個測定し、平均値を持ってその個体の赤血球変形能とする。数値が大きいほど赤血球は柔軟性にとみ、血液がスムーズに流れることを意味する)

この方法で、実験動物ウィスター系雄ラット、生後60日齢、320日齢、710日齢から採取した赤血球の変形能を測定すると、図-2のように60日齢の若いラットで最も大きく、加齢にともなって値は小さくなる。即ち、加齢に伴って赤血球の変形能は減弱する。

漢方薬の効果をみるため、同様の動物を用い2群にわけ、1群には通常の飼料を、2群には漢方薬(粉末)を添加した飼料を4週間自由摂取させた後、赤血球の変形能を測定した。測定値は漢方薬投与群で明らかに大きく、加齢に伴う赤血球変形能の低下を抑制することによって、血流改善効果が得られた。このとき用いた漢方処方は、桂枝茯苓丸、大柴胡湯などであるが、この結果は言い換えれば漢方薬のアンチエイジング効果であるといえる。

2) 小腸内腔の微絨毛の形態学的所見

ヒトも植物同様栄養分を吸収するための根を持っている。腸内にある絨毛がそれにあたる。植物がしっかり地面に張り付いて根を伸ばさないと地上部が成長できないのと同様、絨毛が長く且つ形態がそろっていないとヒトは必要な栄養素を選択して吸収することが出来なくなり、体にいろいろな障害が現れてくる。有害物質の摂取、大食、ストレスなどによって絨毛の状態は変化するが、加齢によっても配列の乱れや長さの短縮が観察される。これを加齢の指標のひとつとして以下の実験を行った。

ICR系マウス(雄)6週齢、24週齢、50週齢各々の腸管内腔の電子顕微鏡写真を撮り、絨毛の長さと配列状態を測定し、形態を観察した。

(図-3)A,C,Eは絨毛に垂直に切ったときの、B,D,Fは水平に切ったときのそれぞれの電子顕微鏡像で、加齢に伴って絨毛は短縮し、配列に乱れが生じてくることが観察された。(実際には絨毛の長さを測定し、一定面積内にある絨毛の数の測定を行って数値化したがここでは割愛した)

次に同系統の24週齢のマウスを2群に分け通常飼料を与え、第1群は対照として水道水を、第2群は漢方薬投与群として漢方煎液を1日1回強制経口投与で28日間与えた。

これらの動物を29日目にト殺し腸管内の絨毛の電子顕微鏡像を観察した。

結果:比較のため6週齢の絨毛像を図-4 G,Hに示した。

図-3と同様6週齢のマウスに比べ24週齢では、明らかに絨毛の長さは短縮し配列に乱れが認められるが(図-4 I.J )、漢方薬投与群では長さの短縮、配列の乱れの両者で改善が見られた(図-4 K,L )。 このとき用いた漢方処方で有効性が認められたものに、十全大補湯、補中益気湯、人参養栄湯などがある。言い換えると、漢方薬投与群で栄養素の吸収の改善、しいては加齢による腸管内の環境改善が可能であり、言い換えれば、実験的に漢方薬の老化抑制作用(アンチエイジング効果)が証明された。

今回用いた漢方処方は実験1と2では異なり、実験1では瀉剤が、実験2では補剤が有効であるかのように考えられるが、今回実際に実験に供した処方の数が限定されたためで、他にも有効な処方はいろいろあるはずである。

今回の紙上発表が、『老化を科学的に考える』手段の一助となれば幸いである。

引用文献
1)  Erythrocyte deformability in aging Hiroko Abe,  Machiko Orita, Shigeru Ariti,
Mechanisms of Aging and Development, 27(1984)383-390
2) 赤血球変形能に対する桂枝茯苓丸の作用  織田真智子、 阿倍博子、 有地滋
WAKANYAKU Vol.1 243-248(1984)
3)Effects of Chinese Medicine on Morphological Chnges in the Intestinal Villi with Age   Fang Tang,  Hiroko Abe,  Natural Medicines  49(3), 240-248 (1995)




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