漢方について


東洋医学か西洋医学どちらを選ぶべきか、その選択のポイントについてお話します。

漢方医学は、4,5世紀頃、中国より導入され、894年に遣唐使が廃止されるまで、留学僧らによって伝えられました。その後日本国内で独自の発展をとげ、中国本土における漢方薬の使われ方とはずいぶん違ったものになっています。

私が所属する大学の研究所にも、中国からの留学生が毎年訪れ、漢方の研究に精をだしていますが、「どうして本場中国から日本に漢方を勉強しに来るの?」と不思議がられる人がいます。それだけ今では、中国漢方と日本漢方が異なった路線上にあるためでしょう。

日本の医学は明治初期までは、言うまでもなく漢方医学が主流であったので、「漢方」とは呼びませんでした。明治になって西洋医学が日本に入ってきた時に、それを区別する意味で「漢方」と呼ばれるようになったのです。

しかし悲しいことに、近代化を急ぐあまり明治政府は明治16年10月23日交付の内務省令で西洋医学を修めたものでないと医師にはなれないことに決めてしまいました。即ち、近代文明をとりいれ、富国強兵政策を進める政府は、多数の患者を対象に手術や消毒を行う軍事医学に適する西洋医学を日本の医学とする制度を定めたのです。その結果、正規の医育機関や研究において東洋医学が無視されるようになりました。

第二次世界大戦以降、抗生物資などの西洋薬のおかげで感染症がほとんど克服され、世の中から「病人」がなくなったかというとそうではなく、内因性の病気である成人病、慢性疾患などがクローズアップされてきました。ここで再び漢方が見直されてきたのです。これはまた、公害を発生させてきた物質本位の西洋文明への反省と批判であり、西洋薬の副作用に対する恐れでもあったのです。

そんな訳で、現代に生きる私たちは、病気になると治療方法として、西洋医学・漢方医学のどちらでも選択できるようになったのです。ところがどちらでもいいんだよと言われると迷ってしまうのが人間です。

病気になった時の治療方法の選択一つで、予後が吉になったり凶になったりしますので、大切な事なのですが選択の基準があいまいなのです。ここでその選択のポイント即ち東洋医学か西洋医学どちらを選ぶべきかについてお話します。

ペニシリンなどの抗生物質の発見により、急性感染症の治療は西洋医学の独壇場になってしまいました。また正確な解剖学の上に発展してきた西洋医学では外科治療はもっとも得意とする分野とも言えます。この分野では一にも二にも西洋医学治療を選択して下さい。

 ところが高度な医療器具を駆使し、救急時の治療や生命保持の医療にすぐれているため、植物人間になったままでも生き続けることができるようになり、逆にこういった患者の死ぬ権利も認めるべきだという皮肉な問題も生じてきています。

これに対し、東洋医学の得意とする分野は、

①体質に起因した慢性疾患(喘息など)

②急性上気道炎(かぜ)
漢方では風邪の症状や段階について十種類以上の処方を使い分け、ぴったり合ったときは実によく効きます。

③慢性感染症(くり返す感染症、膀胱炎など)

④機能失調に伴う疾患(自律神経失調症)

⑤諸種不定愁訴(肩こり、偏頭痛、婦人の更年期障害など)

⑥虚弱体質の改善

⑦西洋医学の副作用軽減のための補助療法

⑧西洋医学で的確な治療方法がないか、副作用が多く、長期治療継続がむずかしいとき

⑨妊娠中の女性の諸病、諸症状。

などです。このような症状のときには、東洋医学で治療することを念頭において、適切な治療や投薬をしてくれる機関を訪れるべきです。

こうは言っても、いざ自分が病気になると治療法の選択は難しいものです。医療現場で日々仕事をしている者ですら、なかなか自分や家族の病気になると、正しい診断や治療ができません。

ちょっとした胃のもたれでも、「胃癌じゃないか」とか、長期間座っていたためにおこる足のしびれも、「脳梗塞でもおこったためのしびれじゃないか」とか不安がつきません。普段からいろいろな情報や知識を吸収し、いざ病気になったときには適切な判断と処置をされることを望んでおります。