「辛味」の中で日本人の食卓になくてはならない山椒・からし・とうがらしの3品を食の一面からとらえる


西洋では1916年にドイツの心理学者ヘニング(Hans Henning)が甘味、酸味、塩味、苦味の4つの味とその複合ですべての味覚を説明する4基本味説を提唱し、長らくこの説が支持され続けた。これにうま味が付け加えられたのは最近のことで、現在では、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5つが化学受容体を介して膜電位の活性化を引き起こしていると考えられており、生理学的にはこの5つが味覚であるといえるため5基本味説が一般的である。
漢方では、甘味、酸味、苦味、塩味、辛味を五味として、それぞれの味と相関する臓器や疾患について述べられており、辛味がその他の四味と同等に扱われているのは、西洋の化学実証に裏付けされた考え方とは少し異なる。
五味の中でも今回取り上げる「辛味」は、化学受容体を介して知覚する味覚とは異なり、物理的刺激により化学受容体を介することなく直接神経を刺激して大脳皮質味覚野に伝達され、甘、酸、苦、塩の基本味と合わせて総合的に味の幅を作っている。
この「辛」の中に含まれる生薬および食品には多くの種類があるが、今回はこの中で私たちの食卓にはなくてはならない山椒、からし、とうがらし、の3点をとりあげて、漢方生薬としてではなく食品としてみたときの取り扱い方法や活用法について述べさせていただく。


山椒  (辛・熱) 

みかん科 山椒属。山椒の実のヒリヒリした辛味や葉のさわやかな香りが食欲増進。胃を温めて鎮痛利尿。肉や魚の毒消しに使う。

うちの山椒の木の話: 
我が家の庭の片隅に山椒の木が2本あり、1本はオスで実はつかず、若葉を筍の木の芽和えに使ったり、花のつぼみをつくだ煮にしたりと楽しんでいました。もう1本はメスで、毎年たくさんの実をつけ、採取した実は冷凍保存して1年中使っていました。この山椒の木は10年以上前に苗木で買ってきたもので、ゆずの木の隣に植えてありました。毎年、春先にクロアゲハの幼虫があらわれて葉を食い荒らします。この幼虫を集めて虫かごに入れ、ゆずと山椒の葉を与えて飼っていました。どうして青虫はゆずと山椒の葉しか食べないのかと不思議に思っていたのですが、山椒もミカン科だと知り、なるほどと思ったものです。この山椒の木のオスもメスもある日突然に枯れてしまったので木を切り倒しました。お隣のご主人がこの山椒の太い幹を使ってすりこ木を作ってくれました。山椒の木のすりこ木は固くて実用的なのと、擂っている間に少しずつ木が削れてそれが食材と混ざり合って薬用になるということで重宝されています。すりこぎが長年働いてくれた我が家の山椒の木の形見です。今はその山椒の木の種が飛んで芽を出した若木が育ち、今年はしっかり実をつけました。

 山椒の辛味で仰天した話:
三重県にある我が家の農園の片隅にもまた山椒の木が1本ある。15年前にこの農園を買ったときから植わっていたもので、例年大阪の我が家の庭にある木に比べ2週間くらい遅れて実をつける。これも摘んで山椒ちりめんにして、仕事仲間と昼食に食べた。ところがとんでもないことがおこった。山椒を食べた一人が突然咳き込んでヒーヒー言いだした。山椒の刺激が原因だった。一緒に食べた他の人たちは咳き込むまでには至らなかったが舌がしびれた状態がいつまでも続いた。
 我が家の庭の山椒の木は市販の「朝倉実山椒」の苗木を買って植えたもので、実の数は多いが刺激は少ない。山椒ちりめんにしておいしくいただける。
農園にある山椒の木の起源植物名はわからないが、たぶん野生種に近いものと思われる。品種が異なれば辛味にこれだけ差があるとは!危ない経験をしたものだ。

一般によく知られている山椒の系統品種
・朝倉山椒:とげのない栽培品種
・山朝倉山椒:とげが少なく山野に自生する
・竜神山椒:葉が卵形で3-5枚と少ない。食用とされ薬用には用いない。
・ブドウ山椒:樹高が低く果実が大粒でどうの房のように豊産性で栽培に適している。

食用としての若葉: 
吸い物の浮かしにしたり、筍をたいたものの天盛りにしたり、さわやかな芳香と緑の色添えに使います。
食用としての若い実:
6月に若い青い実をとって、山椒ちりめん、つくだ煮、魚をたくときに臭みとりとして煮汁の中に加えて一緒に炊き込む。また乾燥したものを粉末にしてウナギ用の香辛料として使う。青い実をとるときの注意点として、採取時期が2-3週間ずれるだけで実が固くなってしまい歯が立たなくなります。過去に一度、大きいほうが嵩が増えていいだろうと例年より2週間遅れくらいで採取した実を使ってつくだ煮を作ったところ、固くて食べられないことがありました。採取時期を間違えるとひどいことになりますのでご用心。
薬用:
夏から秋にかけて実が赤く色づくころに採取します。天日で乾燥させてからたたいて種を出し、果皮だけにします。これが生薬の山椒です。四川料理の麻婆豆腐はこれがないと本物ではありません。
山椒の種子は、漢方では蜀目(しょくもく)と呼ばれ、山椒に準じた使い方をします。

山椒ちりめんの作り方キッチンオリタ流
〈材料〉 ちりめんじゃこ 1Kg, 山椒(ゆがいて軸をとってそうじしたもの)100g
たれ(酒150g、みりん150g、砂糖120g、薄口しょうゆ230g 濃い口しょうゆ100g)
〈作り方〉
① ちりめんじゃこはざるに入れて5分くらい蒸す。
② 大きめの鍋にたれの材料を入れ加熱。
③山椒の実と①のちりめんじゃこを②の中に入れ汁がなくなる手前まで加熱。(ちりめんじゃこがつぶれないように木べらで混ぜながら)
④扇風機の下で静かに乾かす。
すぐに食べる分だけ冷蔵庫で保管。あとは小分けして冷凍すると半年、1年はだいじょうぶです。

とうがらし (辛・熱)

 胃経 中南米原産。メキシコでは7000年前の遺跡から出土している。保温効果・殺菌作用あり。 

茄子科、トウガラシ属の一年草。熱帯では多年草になる。①辛味の強い赤唐辛子、②しし唐などの甘味種のとうがらし、③ピーマン種と大きく分けて三種に分けられる。原産はメキシコ。コロンブスによってスペインに伝えられ、日本へは16世紀頃伝えられ、江戸時代の中期には日本全国で栽培されていたという記録がある。古くから香辛料として使われてきたが、食用以外の養生法として、手足や腰、腹などが冷えるときとうがらしをその部位に当てて血液の循環を良くして温めるなど、辛味成分を利用して皮膚刺激剤として使用する。漢方の五味の中の辛味だけが他の四味と異なり、味覚感覚器だけを通して刺激を与えているものではないことが分かる
胡椒と違って唐辛子は世界各地の郷土食に使われている。瞬く間に世界中に広がり、世界の食文化をこれほどまでに変えてしまった食材はほかにない。その理由の一つは、唐辛子は様々な気候風土に合わせて変化してゆく適応性の高い植物で、熱帯から温帯に至る地球上の広い範囲で生育が可能だということ。輸入しないと手に入らない食材を使って郷土食はつくれないから、地元で簡単に栽培できる唐辛子が珍重された。

唐辛子の種類
・熊鷹(くまたか):日本産ではもっとも辛味の強い品種(赤唐辛子)。
・Cayenne(カイエン)小粒で鮮やかな赤の激辛唐辛子。
・Habanero(ハバネロ)オレンジ色で丸い。市販されているものの中で最も辛い。
・Prickeene(プリッキーヌ)タイで栽培されている青くて小さな激辛唐辛子。

日本でもかつては50種くらいのトウガラシをを栽培していたが、激辛種は輸入品に押され少なくなった。甘み種のトウガラシとしてシシトウや万願寺唐辛子は普段の家庭料理でもよく使われ、流通量も多い。

トウガラシを使った料理・香辛料としてのトウガラシ
・かんずり:
新潟県発の香辛料。鍋物や鶏肉料理などにそえる。ゆず果汁と塩、米麹、鷹の爪を混ぜて長期間寝かせて使う。
・ゆず胡椒:
・ラー油の作り方:
種をのぞいて細く切った赤唐辛子をステンレス製のボウルに入れ、酒少々で湿らせ、熱した油(種類は何でもよいがゴマ油が一般的)をその上から注いでしばらく置くとラー油ができる。
・とうがらしの辛味をつける方法:
種を除いたものを油が熱くならないうちに入れゆっくり加熱する。
・七味とうがらし:
七味とうがらしが初めて売り出されたのは寛永年間(1624~43)。江戸両国橋のたもと、薬研堀不動堂近くの芥子屋、中島徳右衛門であった。とうがらしを主に、ゴマ、山椒、けしの実、麻の実、なたね、陳皮を配合、これがそば好きの江戸っ子に受けて全国に広がっていった。

・三升漬 (辛味とうがらし)の作り方
〈材料〉
シシトウ 300g、 青なんばん(辛味の強いとうがらし)150g、 醤油400ml、 めんつゆ200ml、  米麹400g
1:シシトウ、青なんばんともに水洗いをして水気を拭き取り種を出してこまかくきざむ。
2:大きめの容器に麹を入れ、醤油、めんつゆ、1を混ぜてつけ込む。
辛いのが好きな方は青なんばんの量を増やす。発酵を促すため時々混ぜるとよい。1週間もすれば食べ頃です。しその実などを入れると食感もよく、豆腐や焼き茄子にかけると絶品、用途も広く重宝します。
ただし、青なんばんの種を取るとき、素手でやるとその後ずっと手がひりひりして大変なことになります。薄手のゴム手袋などをはめてやるのがいいでしょう。もちろんその手で鼻や目をこすると痛みが長時間取れません。

・大根のトウガラシ漬け
〈材料〉
大根 1Kg、 米酢50cc、 醤油180cc、 塩20g、 砂糖150g、トウガラシ好みの量
1:大根は半分に切り皮を剥ぐ。
2:1を縦に4-5枚に切りビニール袋などにいれ、あわせた調味料を入れ袋の口を縛っておく。
3:少し色がしみてきて、味見をして好みに合えば食べ頃です。適当な大きさに切って食べる。
大根の量は必要量を使う。調味料は計算して大根の量にあわせる。

からし(辛・温)

アブラナ科、からしなの種子 神経痛リウマチに外用剤として使われる。食欲増進、細菌の増殖を抑制、防腐作用

辛味の強い和からしの話:
昔、同じ職場に山口県出身の人がいて、茄子が出る季節になるとよく「茄子のからし漬け」を作ってくれた。これがおいしくてついついご飯をおかわりしてしまう。
このからし漬けは残ったら冷蔵庫に保管して、翌日、また翌々日食べることになるが、不思議なことに辛味がいつまでも刺激的なままで持続していた。大阪で買い求めたからし粉で作るとこんなわけにはいかない。時間の経過とともに辛味がぼけてしまうのだ。山口県で買ってきてもらわないとおいしい茄子のからし漬けはできない。山口県のからし粉は地元で栽培している「和がらし」でつくられているらしい。この和からしも輸入品に追われずいぶん生産量が減ってしまった。大手香辛料の製造メーカーに、「貴社が販売している「和がらし」って本物?」って聞いたら、外国で委託栽培してるものだという返事。何が本物で何が偽物か訳が分からなくなってしまった現在、自分の五感を鍛えて自分の舌で表示の嘘を摘発してゆくしかないようだ。

チューブに入った練がらしの話:
仕事で毎日お弁当を作って販売している。春巻きやおでんなどからしがつきものの料理には市販の粉がらしを二はい酢(砂糖+酢)を加えた水で、そのつどねって料理に添えて提供している。お客様からこの練りがらしのことでおほめの言葉をいただいた。客:「我が家で使っている練りがらしはおいしくないんですが何が違うんですか?」私:「どんなからしをお使いですか?」 客:「チューブに入った市販のものです。」 こんなわずかなひと手間で味に差が出るもんなんだと驚かされた。スーパーに行くと便利で簡単に作れる食材が日進月歩の勢いで店頭にならんでいる。製造メーカーが手を加えれば加えるほど、すなわち家庭の料理人が楽をすればするほど添加物は多くなり、食材本来のおいしさからは遠く離れてしまう。

芥子の種類
おでんを食べるときに芥子をつけすぎると鼻につーんときて涙がでる辛味、これが強烈な辛味成分である揮発性のアリル芥子油を発生させる「和芥子」です。黒芥子も同じ辛味成分を発生させます。
一方、「洋芥子」はつ-んとくる揮発性が弱く、比較的口当たりの柔らかい辛味成分であるベンジル芥子油を発生させます。マイルドな辛さでソーセージなどにつけて食べます。
 洋からしと和からしは元の植物の学名から違う、全く別物。辛さも異なるので使い方と使用量を間違えないように。

粉芥子の上手な使い方
・ぬるま湯でといたほうが酵素の働きが活発になりより辛味が強くなる、と言われていますが水で十分。とくときに砂糖と酢を少し足してやると味に幅が広がる(五味調和)。熱湯でとくのは禁忌。芥子の中のでんぷん質が固まって団子状になってしまいます。
・からしをといた後、ラップなどできっちり蓋をして2-3分億とさらに辛味は増します。
・練っておいておくと辛味がどんどん弱くなってきますが、再度強く混ぜると再び辛くなります。
・とうがらしと山椒は加熱しても香りや辛さは残りますが、芥子を加熱すると辛味がなくなるだけではなくえぐみと苦味に変わってしまいます。料理に使うときはくれぐれも加熱しないようにしてください。